お墓を建てる

「お墓に参る」一言の表現ですが、その内実は、1、先祖・故人へのお参り、2、故人を直接の縁として今日も私自身が阿弥陀さまに抱かれてあることを知らされつつまちがいなくお浄土へ歩まさていただいていること、阿弥陀さまと同じはたらきとなった故人を安心して偲ぶお参り。
と私からの行為なのか、私への行為なのかと分かれるところです。
浄土真宗のお参りは2番のほうです。
そのような意味あいのあるお墓を建てる際には、建碑式という法要を執り行います。
今回はお墓が建立するまで「時間がない」というご依頼から建立に先立ってお参りをご一緒させていただきました。
確かに「時間がない」ということが私のいのちの本当の有り様でした。
南無阿弥陀仏

「常に居ますを佛という。此処に居ますを佛という。共に居ますを佛という。この佛を南無阿弥陀仏という。このいわれを聞いて歓ぶを信心という。称えて喜ぶを念佛という」
お念仏を喜ばれた広島県 岩本月州 米寿のお祝いの記念に色紙に書かれたというお言葉です。

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