光徳寺では前坊守が毎年手入れを行い、年々蓮の数が増えています。
本年は例年より早い時期に開花となりそうです。
光徳寺の風景のなかに阿弥陀さまのみ教えをより一層味あわせてくださります。

蓮の花  (本願寺派少年連盟HPより)

日の光を一杯に浴びて、水面にきれいな花を咲かせる蓮の花。
実は、暗くて深い泥の中にその根を張り巡らせています。
「泥」と聞くと、ちょっと「きたない」と感じてしまうかも知れません。
でも、泥の中にあるたくさんの栄養を根が取り入れてくれるからこそ、
蓮はきれいな花を咲かせることができるのです。
日の光と泥の栄養と、実はどちらも大切なのです。

お釈迦さまは、人生は「苦しみ」であるとおっしゃいました。
年老いていくこと、病にかかること、死んでいかねばならないこと、生きていることは苦しみの連続であります。

人はなぜ苦しむのでしょうか。
それは変えられないことを変えようとするところに、苦しみが生じるのだと明らかにされたのです。
「年をとりたくない」と、いくら頑張っても、時間を止めることはできません。
「死にたくない」といくら願っても、必ず死んでいかねばなりません。
変えられないことを変えようとしている間、人は苦しみ続けなくてはならないのです。

実は、苦しみの元は「老」「病」「死」にあるのではなく私の心の中にあるのです。もし、苦しみの元だと感じて「老」「病」「死」を無くしてしまおうと試みることは、蓮の花が泥の中にある自分の「根」を汚いからといって切ってしまうようなものなのです。
「根」を断ち切ってしまっては、花は美しく咲き誇ることはできませんし、やがて枯れてしまいます。

お釈迦さまは、悩み苦しみの中に根を張ってしか生きていけない私たちのために、「必ず仏の悟りの花を咲かせて見せるぞ」とはたらいてくださっている仏さまがいらっしゃる事を教えてくださいました。
それが、「阿弥陀さま」という仏さまです。

悩み苦しみの元を断ち切ることができない、私たち一人ひとりを心配してくださり、いつでも、どんなときでも、「見捨てない」お慈悲の光で照らしていて
くださっているのです。・・・・・・・・