【未来へつなぐ光徳寺】第1回:お寺は誰のものか。447年の歩みと私たちの願い
皆さま、こんにちは。光徳寺住職の森智崇です。
日頃より、光徳寺をお支えいただき、またこのブログをご覧いただき心より感謝申し上げます。今日から数回にわたり、少しずつ時間をいただいて、光徳寺が今、どのような岐路に立ち、どこへ向かおうとしているのかをお話しさせてください。
ご門徒の皆さまに育てられた私と、光徳寺の歩み
早いもので、私が前住職の後を継ぎ、光徳寺第15世住職となってから7年が経ちました。私はたまたまこの光徳寺に生まれ育ちました。世襲制ではないものの、幼少の頃から今日に至るまで、ご門徒の皆さまに温かく見守り、育てていただきながら、現在も住職として受け入れていただいていることに、個人的にも深く感謝しております。
私たちの光徳寺は、1579年の開基よりおよそ447年、本堂は2度の焼失の末、現在の本堂が1727(享保12)年に建立されてからは約300年という、長い長い歳月をこの玖珠の地で歩んでまいりました。
この約300年という年月は、決してただ建物がそこにあっただけの時間ではありません。時代ごとのご門徒の皆さまが、力を合わせて大切にお寺を護持してこられた歴史でもあります。 たとえば、およそ50年前の1975(昭和50)年には本堂屋根の改修が行われました。その後も、1980年にはお内陣(本尊御宮殿・須弥壇など)の修復、2001(平成13)年には本堂天井板の張替え、そして近年では2019(令和元)年に私の住職継職にあわせて鐘楼堂が再建されるなど、常にその時代その時代の方々が「次世代へ残そう」と手を入れて守り継いでくださったからこそ、今の本堂の姿があるのです。
これほどの年月、このお寺が護持され続けてきたのはなぜでしょうか。 それは、阿弥陀さまのみ教えをこのお寺で聞き、救われ、支えられてきた方々がいらしたからに他なりません。
お寺は誰のものか
皆さまは、「お寺は誰のものか」と考えたことはあるでしょうか。
お寺は、ただ「立派な建物がある」というだけで成り立つものではありません。 われ南無阿弥陀仏と仕上がり、あなたのいのちに至り届き、どんなときでもあなたとご一緒していますよ、という阿弥陀さまのお慈悲を聞かせていただきながら、その証拠であるお念仏を申しつつ、悲しみの中でそっと手を合わせた方。人生の節目にこの場所へ足を運んだ方。ご先祖や大切な故人を偲んで涙をこぼした方。お寺での出会いに安心と喜びを抱いた方。遠方やご来寺が困難になっても心を寄せて下さっている方。たまたまご縁をいただかれた方。これまでも、そしてこれからもご縁をいただく皆さまのものなのです。
また、あらゆる方へ門が開かれ、ご自身の安心とともに、そこに人が集い、み教えに耳を傾け、語り合い、悲しみや喜びを分かち合う中で、世代を超えたご縁が受け継がれていく場所こそが、お寺なのです。
光徳寺は、決して住職である私や、一部の役員だけのものではありません。これまでご縁を結んでこられた皆さまとともに、大切に守られてきた場所なのです。
次の世代へ安心してお渡しするために

しかし今、300年の歴史を持つ本堂は、深刻な老朽化という現実に直面しています。前住職の時代からの懸案でもあったこの問題に、いよいよ向き合わなければならない時期が来ました。
先人の方々が大切に守ってこられた光徳寺を、これからの世代へと「安心できる形」でお渡ししていくために。今の時代にふさわしい環境を整えていくことは、今を生きる私たちの責任だと感じています。
今回の改修は、光徳寺の歴史を左右する大事業です。 皆さまにとっても、ご心配やご不安があることは十分に承知しております。だからこそ、この大事業を私一人で進めるのではなく、皆さまと現状を共有し、ともに考え、ともに歩んでいきたいと強く願っています。
次回は、専門家の調査で判明した「本堂と会館が直面している深刻な課題」について、包み隠さずお話ししたいと思います。
どうか、光徳寺のこれからを、一緒に見守っていただければ幸いです。

