第293回中央教修 出向
この度、5月21日〜25日までの第293回中央教修に出向してきました。
本願寺での1日だけの講師は何度かありましたが、全日程での参加は7年ぶりでした。
そして、法座担当としては10年ぶりのご縁をいただきました。
4泊5日の教修に前後泊。長くお寺を留守にすることへの不安や緊張も、正直ありました。
本堂改修の本堂改修計画に向き合うようになってから、本堂を見る目もかなり変わっておりました。「本願寺の破風は、こんなにも大きかったのか」「柱は、こんなにも立派で静かに美しかったのか」などしんみり感動したことでした。


しかし、この場所に立つたび、私はいつも確かめ直させていただきます。
浄土真宗は、私の信仰であること。
そして私は、その教えをいただきながら生きる僧侶であること。
教修の時間は、毎回、自分自身のあり方を揺さぶられながらも、その「芯」をより深く、確かなものにしてくれます。
お寺は、亡くなった時だけに関わる場所ではありません。
「今を生きる私」が、願いの中に問いを抱え、誰かと共に悩み、支え合いながら歩んでいく場所です。
これから先、どのように生きていくのか。
今の私を支えているものは何なのか。
限りあるいのちを、何をよりどころとして生きていくのか。
教えを通して自分に向き合い、初めて出会った方とも、僧侶やご門徒という立場を越えて、同じ時間を共に味わっていく。
あの濃密で尊い空気が、私はやはり好きでした。
久しぶりの教修では、ブランクを感じる瞬間もありました。それでも、変わらず迎えてくださる懐かしいスタッフの皆さまの存在や、「これからもここに立ってほしい」とさりげなく声をかけてくださる先輩方、緊張しながらも懸命に務める頼もしい後輩たちの姿に、どこかほっとする自分がいました。
その一方で、体力や瞬発力の変化には、しっかりと歳月の流れを感じます。
それでも、今の自分だからこそ届けられるものがあるのかもしれない。そう思わせていただけた時間でもありました。
このご縁の中でお出会いくださった方々。これから新たに出会っていく方々。そして、見えないところで私を、この時間を支えてくださったすべての方々と場所に、心より感謝申し上げます。
多くのご縁を胸に、また日常へと帰ります。
そして願わくは、再びこの場所に立ち、同じように教えに問い返され、共に学ぶ時間をいただけますように。




